片手で数えられる山を越え、片手じゃ数えられない日々をかけて、両手じゃとても数えきれない悪魔を殺してようやくぶたたちは目的地に着いた。魔女に教えられたその場所は、壮大に広がる草原で、そこにぽつんっと家がたたずんでいた。 家の前には広い畑があり、一人で耕すには広すぎるその畑を麦わら帽子をかぶった人が耕していた。 …つづく |
その人は、サンダルに短パン姿にランニングシャツ、首にはタオル、そして麦わら帽子。まるでどこか田舎の、休みの日の子供のようなおじさんのような格好をしていました。しかし唯一、違っていたところいえば、顔に大きな一つ目の描かれた布を巻いているところでした。 「よくきた。待っていた。しかし少し遅かったな。なにかあったのか、まあそのことは中で聞こう。はいりなさい」 どうやら、この人がクチノミで間違いなさそうです。 家に招かれながら皆はこの人の歳を考えていました。18?37?24?53?誰一人として、アバウトな歳すら予測できませんでした。 …つづく |
「それは青の剣か。やはり行ってしまったか…。やはり先など教えるものではないな」 鳥は反論をします。 「そんなことはない。洞窟のことを教えてもらったおかげで、青の剣という魔王と対抗する力を手に入れることが出来た」 「それは違う。その力を手に入れたのは君たちの力だ。俺のおかげではない」 「でも、青の洞窟を教えてくれたのは、クチノミです」 「君たちは俺が教えなくても道を間違えて、青の洞窟にたどり着くはずだったんだ。だから警告をした。それで危険を回避できるなら、と思って。しかし君たちは洞窟にいってしまった。根本的な運命は変えられないのだ。しかし、変わった事実もあった。…俺の読んだ未来の君たちは、ここに青の剣を手にしては来なかった。今回はいい方に転んだ」 未来がすこしずつ変わった。つまりはそういうことらしい。 …つづく。 |
「そもそも未来って変わるものなの?」 兎がクチノミに聞きました。その通りです。もし未来が変わってしまっては予言にはならなくなってしまいます。 「俺の読んだ未来は青の洞窟を知らなかったぶたたちであって、俺が伝言で伝えて青の洞窟を知っているぶたたちではない。だからそうなってしまうと俺の読んだときのぶたたちとは違う存在になってしまう。そうすれば、未来が変化するということは当然起こってくる」 なにか難しいことを言っています。みんなにはよくわかりませんでした。 「あんたはどうして未来なんて見える」 今度は竜が尋ねました。みんなは無条件に信じていましたが、なぜ先読みが出来るのか?どのようにクチノミが先読みをしているのか?まったく知りません。すると、クチノミは顔に巻いていた布をとりはじめました。 「俺には生まれた時から違うものが『見えた』」 顔の布で隠されていたところには…、何もありませんでした。クチノミの顔についてるものは、口だけでした。 「俺には目がない。だからほかの奴らには見えないものが見える。 だからとは言ったが、俺にもなぜ物事の先が見えるのか、はっきりとは分からない。しかし俺の顔には口しかない。だから『口のみ』、クチノミと名付けられた」 それはとても気持ち悪いものでした。あるものがない。それだけのはずなのに…。 布は初めて見た人をおどかさないようにするためだ、とクチノミは言いました。 「なぜ口だけが残っているのか。俺はずっと不思議だった。俺はこの口は何かを伝えるためにあるのではないかと思っている。先を読み、人々に伝える。そのために口を残したんだって。 きっとコレは神が気まぐれに与えた力なんだ」 クチノミはこれまで何度も大災害を予言してきました。しかしそれはすべてが良い予言ではありませんでした。 …つづく |
クチノミが布を巻き直します。 過去、クチノミが予言したものは良くも悪くも正確でした。災害は起こりました。しかし、予言をしても被害者の数が減ったものもあれば、減らなかったものもあったのです。 「未来には変化する部分もあれば、変化しない部分もある。それは何故なのか分からないが、おれはそれは運命と呼べるのではないかと、思っている。 そこにこもっている思い、つながり、絆などは俺たちには切れないのかもしれない」 世界には言葉では語れないことがある。運命もその一つなのかもしれません 。 「だから、俺は、これから起こる未来をもう教えない」 「なぜ!?」 みんなは驚きました。みんなは未来を予言してもらうためにやってきたのです。それなのに、未来を教えてくれないとはあんまりではないでしょうか。 「なっとく出来ないかも知らないが、よく考えてみてくれないか。もし魔王を助けることの出来る未来を予言できたとしよう。そして、それを教えたとする。しかし、お前たちはその教えられたタイミング、位置、行動を正確に再現できるか?1ミリとして狂ってはいけない。そのずれが増えれば増えるだけ、成功の確率は減ってくる。それは成功すると読んだ未来とは異なってしまう。そうすれば、未来にもズレが生じてくる。知っていたからが故に起こった未来変化だ」 …。 「もし、失敗した未来だとする。そこでは失敗した原因が分かるだろう。ほんの些細な見落としならばよい。しかし、君たちは本当の意味で本気で取り組むだろう。その本気で届かなかった未来を、それ以上の努力で変えなければならない。それも不可能に近い。 だからそのままだが一番いいんだ。 それに無理矢理枉げた未来には、何かしら不具合が生じるのだ。青の洞窟を教えてしまった不具合も直に生じるだろう。その時は泣かないでいてくれ」 またしても、クチノミに難しい話を聞かされて、ぶたたちは頭の中がぐちゃぐちゃです。結局クチノミは未来を語らないと、決めました。それを変えることはないのでしょう。 「しかし、ここまで来てもらったのに何も教えないというのは、あんまりだ。だからヒントを与えよう。 ヒントは3つ。『青の剣』、『王冠』、そして『ぶた』、君だ」 …つづく。 |
「君たちは青の剣の絶対条件を知っているかな?」 「『切れぬ物がない』ということだ」 鳥が答えます。このことは戦士から聞いていたことでした。 「そうだ。それが青の剣に備わった絶対条件だ。その条件はまさに絶対で生き物の死すら切り去ることが出来る。この世のすべて、それが言葉として存在するかぎり切れない物などない。そして、勇者の持つ『すべての攻撃を防ぐ』赤の双剣。この2つがそろえば、魔王に近づくだけのことは出来るだろう」 …。 「それからもう一つ。魔王は何故魔王と呼ばれるのかだ。魔王を魔王たらしめているものがある。それを知らなければ魔王は止められない。魔王たらしめるもの、それは『王冠』だ。その王冠を壊せば、魔王はもう王ではなくなる。王冠を破壊された魔王は力を失い、ただの魔物になる」 …。 「それから導かれる答えは一つ。青の剣による王冠の破壊。その答えに届くための道筋は不可能に近い荒道だ。しかし、お前たちの想いが合わさったのならば、もしかしたら届くのかもしれない。青の剣と王冠の衝突、それは、心と心の衝突。最後に勝つのはより強い心」 …ザワッ!!ぶたと鳥は体が震え上がりました。 魔王を助けられる。…魔王を助けられる!! クチノミが淡々と語ったのは、魔王を助ける方法でした。それは、これから起こる未来の予言よりも何倍も意味のあるものでした。クチノミはヒントといいながら、ほとんどすべてを話してくれました。クチノミはわりかしお人好しなのかも知れません。顔のパーツがなくて表情は読めないけど、もし顔があったならきっと優しい顔をしていたに違いありません。 …つづく。 |
「しかしその攻撃をくわえるには、魔王にすきを作らせなければならない。いまの魔王は、動くものは皆すべて破壊の対象になっている。一瞬だけ、魔王の動きを止めなければならない。 そこで必要となるのが、ぶた、きみの『言葉』だ」 『言葉』。のどの奥から出てくる、空気を震わせた音。 「真実の言葉というものがある。うむ、実際に体験したほがいいだろう。ぶたきみのすきな果物はなんだい?」 「りんご」 「それが真実の言葉だ」 「え、たったこれだけ?」 「たったこれだけだ。ぶたに聞こう。いまの言葉にうそはあったか?」 「ないけど…」 「そう、真実の言葉とはつまりはそういう事だ。 しかしそれを、あまく見てはいけない。それは、言葉に数、文字の数、自分の素性を表す本音であればあるほど、言葉にするのが恥ずかしくなってくる。 愛、他人とは違う自分の考え、本人の前で人をけなすこと。それには多大なエネルギーを要する」 自分のこと伝えるためにあるはずだった言葉は、いつの間にか自分の本音をかくすようになってしまいました。受け入れられない想いの悲しさを覚えてしまったからです。 「だから生き物はうそを覚えた。物事をより円滑に、より円満にすすめるために。人は一日のうち大きなうそ、小さなうそ、些細なうそ、すべてを合わせて約20回以上のうそをつくらしい。きみたち動物も10回はうそをついている」 みんなは顔を見合わせます。 「たしかに」 「無意識ではあるけど、うそをつくことはあるわね」 「そんなの当たり前じゃん」 「しかたないことだ」 「そんなことないよ?」 !? 「そう、それだ。ぶた、きみだけはうそをつけない。いや、つかない。 きみは生まれてきてからうそをついたことがない。もしきみの言葉を一文字一句確認できるものがいるのならば、分かるだろう。きみはうそをついていない。 だからきみには真実の言葉がしゃべれる。きみの本当の言葉、真実の言葉なら魔王に届くんだ」 みんながぶたを見ます。鳥はどこか悔しそうな表情をしていました。自分の言葉では魔王に届かないことを悔やんでいました。鳥は、自分に出来ることをしようと思い直します。魔王の王冠を壊すこと、自分には役目がある。言葉が届かないのならば、この手で想いを届けるまで。鳥は強くなりました。 「魔王を前にしたら、叫んでくれ。今、魔王をどう思っているか。その口で。その音で!」 …つづく。 |
叫びおわったクチノミは、一呼吸置いて、悲しいことを話しだしました。 「最後に、言っておかなければならないことがある。力をなくしても、魔王はコワれる。そのときはどうする?」 そう、魔王は王でなくなっても、魔物。もしまた、コワレてしまったら、生き物を殺すことをやめないでしょう。 「そのときは僕たちがとめます」 「それは不可能だ。君たちと魔王では生きれる時間が違いすぎる。君たちが死んだ後、魔王はどうなる?」 「それは…」 スッとぶたとクチノミの間に鳥が入ります。 「大丈夫。もうコワレないよ」 鳥の目には迷いがありません。 「俺たちの友達は、そんなやつじゃない」 一度コワレているところを見ているというのに、それでもなお、魔王を信じているのです。何故そこまで信じられるのか。クチノミには理解できませんでした。それはクチノミにとって、悲しくもあり、嬉しくもありました。 「わかった。では、お前たちは北の王都へ向かえ!そこには魔王討伐隊の本拠地がある。魔王は今いちばん怒りが集まっている世界政府の中心を叩くはずだ。いそげ。魔王はもうそこに向かっている」 魔王の友と勇者たちが、家を出て行きます。そのうしろ姿は、今まで見てきた中で何よりも、強いものでした。 …つづく。 |