7/27 だいすき


 生き物はだいぶ昔に絶滅した。その後に待っていたのは悪魔同士による共殺しだった。悪魔の存在理由は他を破壊すること。壊すべき生命がいなくなった今、破壊の対象は仲間同士に向けられた。 そして今、世界に残った最後の悪魔を魔王が握りつぶした。これでもう世界には魔王しかいません。

 さあ残る生命はあと一つ。魔王は爪をたてて腕を振り上げます。そして一気に自分の胸に突き刺します。
「がぁぁぁぁあぁぁっっああ!!』
 歓喜の雄叫びとともに、自分の心臓を空高く掲げます。最後の悲鳴とともに心臓が潰れました。
 手をあげたまま、停止した魔王は、まさに王に相応しい雄大な姿をしていました。
 むかし誰かが大好きだった世界は、終わりました。

「わぁぁぁあぁ!!!」
 ぶたが飛び起きます。汗で体中がぬれています。息は荒く、心臓は体に合わない速度で鳴っています。心臓を意識するとさっき潰れた魔王の心臓と自分の心臓がだぶって、くるしくなります。

 見渡すと、みんなが疲れて眠っています。静かな夜がそこにはありました。クチノミの家をあとにしてから、ぶたたちは急いで王都をめざしました。竜の背に乗り、三日三晩飛び続けました。今は疲れた竜を休ませるために、睡眠をとっているところでした。王都まで残り一日。最後の休息です。今見た夢が最悪の未来なのかどうかは、分かりません。あんな未来はおとずれさせない。そう誓ってぶたはまた眠りにつくのでした。


…つづく。



7/28 地図


 十分休息をとり、あとは最後の戦いに臨むだけです。敵は魔王ではありません。魔王を助けるための戦いです。魔王を助けるためなら、たとえどんな相手だろうと、立ち向かっていくでしょう。それが殺すという行為であったとしても、一点の迷いもなく躊躇わずに。たとえどんな相手であっても。 出発の前に、作戦の確認をします。広げた王都の地図に印が付けられていきます。
 「ここに魔王がいるんだ。」それを思うだけで、志気が上がります。勇者が作戦を話しだしました。


…つづく。 



7/30 計画/1


「こちらには情報がはいってこない。すべての状況に対応できるよう、作戦を立てる。すべて頭に叩き込んでくれ。
 まず、戦争が始まっていない場合。戦いが始まるまで、この城壁の外で待機する」
 勇者が地図の南東の城壁の部分を指差したあと、そこから一番近い森に指先を滑らせました。
「君たちふたりにはつらいかもしれないが突入は始まってから。王都は守りに固い都市。戦の混乱に乗じて乗り込む」

「戦争が始まってから、またはすでに始まっていた場合の行動を説明する。戦いが始まったらここの工場区から突入する。ここは夜になると人がいなくなり無人所。戦いのが始まってしまえば、戦闘に兵が割かれ、守りは手薄になるはずだ。そのあと工場区と住宅区の間にある王都の中心にまで伸びる道を使って魔王のところまで向かう。そこを竜に乗り見つからぬよう低空で飛ぶことになる」

「兵に見つかり次第、私と兎が飛び降りて、足止めをする。
 足止めは私と兎で二回までだ。君たちと竜は魔王にたどり着くのに必要最低限なメンバーだ。戦いに参加してはいけない。足止めが二回より多くないことを祈ろう」
 勇者は自分たちを捨て駒にしろと言っています。この戦いでは、勇者ですら、一つの駒にすぎないのです。


…つづく。 



7/30 計画/2


「そして最後、魔王が倒されそうな場合。この場合がもっとのリスクが大きい。もし魔王が倒されそうなときは、「世界」と戦い、魔王を援助する。この時竜には、「最大の火炎」をやってもらう。私たちも魔王に近づく者を排除する。君たちは倒れているであろう魔王の元に行き、王冠を破壊してくれ。
 ここで取れる時間は、私たちの登場の混乱と、竜の攻撃の時間をいれて、およそ30秒。王冠を破壊次第魔王をつれて離脱する。いいか君たちは、ふり向かず、王冠の破壊だけを考えていてくれ」

「これが、魔王を助けるための戦いの作戦だ」

 たぶんこれは闇雲に突っ込む、特攻のようなものなのでしょう。何一つ確実なものなどない、ただあるのは助けたいという思いだけ。きっと何かを失う戦い。それでもみんなはこの戦いを行うとを決めました。


…つづく。  



7/31 王都


 王都上空に到着しました。そこではもう魔王との戦いが始まっていました。王都は燃え上がり、黒煙が空を覆っています。その霞む煙の向こうに黒い巨大な影が見えます。

「…魔王」

時間はかかったけど、やっと出会えました。
「しかりつかまってろ!」
竜はスピードを上げ、魔王の元に向かいます。

世界にはあふれているモノがあります。
大概は愛であったり、夢であったり、なんでもない空気であったり。
でもそこにあふれていたのは、怒りでした。


…つづく。



8/3 なみだ


 魔王は『世界』の攻撃を受けて、死ねずに泣いていました。涙はもう血に変わり、肌は赤く、体は所々無くなっていました。
 魔女。勇者。魔導士。軍隊。破壊兵器。世界にあるすべての攻撃の手段を受けて、誰が無事でいられるでしょう?しかし、魔王はまだ生きていました。世界のすべての悪を背負った王。悲しみの王。
 ぶたと鳥は涙を瞳いっぱいに溜め、目をそらさずに魔王を見つめました。

…泣いちゃだめだ。…泣いちゃだめだ…。

歯を噛みしめてこらえます。戦いはもうすぐ。竜は高度を下げていきます。
ぶたと鳥の瞳に溜まったその涙が、その頬を伝うことはありませんでした。


…つづく。



8/6 優しく強い音


 戦争が始まっていたので、王都内には簡単に入ることができました。一度建物のかげに竜をおろします。
「戦いはもう始まっている。どうやら世界側はかなり苦戦しているようだ。うまくこの混乱に乗じれば、すんなり魔王にもとに着けるかもしれない。とはいえ、ゆっくりもできない」
 魔王はまだ倒されていないにしても、世界側の勢力はかなりのもの。そう、うかうかしてられません。
「君たちの道は私達が守る。君たちはまっすぐ魔王に向かってくれ」
 いよいよ出発します。

「ずいぶん遅かったじゃないか?」

声をかけられました。その声は道の向こうから聞こえてきました。
路地に足音が響きます。それは優しく強い足取り。ぶたと鳥はこの足音を知っています。
その人物がものかげから姿をあらわします。


…つづく



8/7 初めて会ったときと変わらない


 そこに立っていたのは魔女でした。
「ひさしぶりじゃないか」

 魔女はまるで友でちにあったかのように気軽に話しかけます。しかしその後ろには、大勢の兵士が待機していました。魔女は今、『敵』でした。
 魔女がぶたたちの行く手を遮ります。

「竜!火炎、放射!!」
 勇者が突然大きな声をだしました。その声と同時に竜が火を吐きます。
「いけ!ここは私たちに任せて。早く」
ぶたと鳥は竜の背中に急いで乗り、炎ともに魔女に突撃します。

 兵士たちが襲いくる火に悲鳴をあげます。しかし魔女は慌てることなくゆっくり手を前にかざし、何かをつぶやき手を光らせました。そして竜の炎よりも遥かに大きい炎をだし、竜の攻撃をかき消しました。西の国で見たときとは比べ物にならない威力の魔法でした。

 掻き消えた炎の中から竜は飛び出し、魔女の横をいきよいよく通りすぎます。
 そのとき一瞬、ぶたは魔女の顔が見えました。
 その顔はすこし微笑んだ、初めて会った時と変わらない顔をしていました。


…つづく。



8/8 優しさ


 ぶたと鳥をのせた竜が逃げていきます。

「お前たちはやつらを追うんだ!ここは私たちがやる」
 魔女が兵士たちに命令します。兵士たちはぶたたちを追って行きました。

「あの兵士たちでは追いつけないだろう?みすみす逃がしてくれるなんて、意外と優しいじゃないか」
 勇者が魔女に話しかけます。
「別に逃がした訳じゃない。勇者とただのぶたと鳥、どっちが倒すべき相手かなんて、誰にでも分かることだ」
 魔女は肩をすくめ、少し大げさに言って返しました。
「ふ。まあ、そういうことにしておこう」
「そういうことだ」
 ふたりは少し口元をゆるめました。


…つづく。



8/9 黒


 そういえばさっき魔女は、『私たち』と、そういいました。しかし魔女のほかにそこには誰もいません。

「話は済んだか?さっさと始めよう」

 闇の中になにかいます。闇に中にいるというのにその姿ははっきり分かります。闇よりも黒いのです。座って様子を見ていたソレは、起き上がり魔女のもとに歩いていきます。
 その闇の中から出てきたのは、ライオンくらいの大きさのある、黒い猫にような生き物でした。


…つづく。



8/10 クロ


「そんな破壊兵器まで持ち出してくるとは、どうやらこの戦い本気で魔王を潰しにかかるつもりのようだな。その兵器もだいぶ昔のものだろう」
 勇者はその生物を見ていいました。
「そんなのあんたには関係ないことだ。クロあんたはそっちの兎の方をやりな、こっちは私がやる」
「殺してもいいのか?」
「いや、動けなくするだけでいい」
「わかった」
 クロとよばれた破壊兵器が魔女の元を離れ、のそのそ兎の方に向かっていきます。
「待たせたね、さあ始めようか」
 魔女がスカートの裾を少し持ってかるく礼をします。
「私は壊すことに特化した、破壊の魔女。守ることに特化したあんたと、どちらが強いか力比べという訳だ」
 魔女が手をかざします。猫が剣を抜き、身を屈めます。
 戦いが始まりました。


…つづく。



8/11 娯楽


「どうやらあっちの方は戦いが始まったみたいだな」
「その前に一つ聞かせて、どうしてあなたは使用者なしで動けるの?」
「少しは破壊兵器についての知識があるようだが、お前のいっているのは、新しい方だな。古い方にはそんな制限はない」
 破壊兵器は本来適合した使用者がいて力を発揮します。クロの場合、使用者なしでも覚醒はできます。ですが、その力は本来の3分の1にも満たない。クロの使用者だった女性はもうだいぶ昔に死んでしまっていました。
 この世界に残ったクロの行動は大体が娯楽。この戦いだってただの暇つぶし程度にしか思ってはいませんでした。


…つづく。



8/12 直進


 みんなの戦いが始まっている中、ぶたと鳥の戦いはまだ始まっておらず、まっすぐ魔王の元に向かっていました。やはり兵士は追いつけなかったようで、振り返っても兵士の姿は見えません。ぶたたちは、魔王の血がべっとりついて、真っ赤になった壊れた家屋の間を進みます。


…つづく。



8/18 破壊のひかり


 空を見上げると、数人の魔女が箒に跨がり、空に円をえがいて飛んでいいます。するとそこにじょじょに魔法陣が浮かび上がってきました。
「まずい!」
 竜は魔法陣を見ます。
「あんな、何人もいなきゃ発動できない魔法なんて、やばいもの決まってる!」
 竜が方向を変えて魔法陣に向かおうとしたとき、竜を追い越してひかりがすごい速さで通りすぎていきました。
 魔王が破壊のひかりを口から吐きました。それは発動の瞬間の魔法陣に当たり、魔法陣は破壊しまた。魔法陣は発動ができず、魔法をまき散らしながら、崩れていきます。
 魔法陣を破壊したひかりはそのまま飛びつづけ、山の向こうで地面に接し、爆発を起こしました。山の向こうで巨大な火柱が見えたあと、爆音、爆風の順にこの距離まで伝わってきました。その距離はあまりにも遠く、被害を受けた人がいるのかも分かりません。
 もうこれ以上ひどいことはさせられない。早く魔王をとめなきゃ。ぶたたちはそう思い再び魔王に向かうのでした。


…つづく。



8/19 足下


 魔王の足下に近づくとぱたりと兵士の姿が見えなくなりました。攻撃はなおもつづいていますが,兵士は見当たりません。
 攻撃はある程度距離をとっておこなわなければいけないのでの足下には兵士はいないのです。魔王に足には大きな杭ががささっていて、魔王を止めようとした跡が見えました。

 下から魔王を見あげます。その大きさに圧倒されます。それからぶたたちは遥か上空にある魔王の顔を目指すのでした。
 ぶたと鳥はようやく魔王のもとに辿り着くことができました。


…つづく。



8/20 こえ


 近づいて分かります。遠くからでは分からなかった傷が。体には千の槍と矢が刺さり、銃に因る万の穴があいています。角は折れ、肩には体を引き裂こうとした2つの大傷がありました。


「まおうー!まおうー!」
 ぶたが叫びかけます。魔王はこちらの方を見ようともしません。もう声すら聞こえないのでしょうか。
「ぶた、お前が叫んだときだけ、動きが一瞬だけ鈍る。お前の声は届いている!」
 竜が勇気づけます。
「これから魔王の前に出る。後ろ向きに乗れ。お前が語りかけてる間、前からくる攻撃は俺が防ぐ」
ぶたと鳥は後ろ向きに乗り直します。
「いくぞ!」



             『待っていて、いま、たすけてあげるから。』




…つづく。



8/21 告白


 魔王の前に出ました。突然の登場に、下で兵士たちの騒ぐ声が聞こえます。攻撃はまだつづきますが、竜が火を吐き防いでくれています。

 スー・・・。ぶたは大きく息を吸い込みました。
「まおうーーー!!!」

 町にこだましました。兵士たちの騒ぎが一瞬、静かになります。
 『きみが魔王をどう思っているか、素直に伝えてごらん。』クチノミの言葉が思いだされます。

「ぼくはきみのことが、こわい!恐れている。それに哀れにもおもっているーーーー!!!」

 ぶたはうそをつきませんでした。

「でもー、」

 撃ち落とし損ねた攻撃が一つ、竜に当たります。竜の羽は破れはバランスをくずし落下していきます。鳥がぶたをくわえ飛び上がりました。

「それすらすべて、忘れてしまうくらい!!!」

 ぶたはうそをつきません。さあ、大きな声で!




「まおうのことが、大好きなんだーーーーー!!!!!」



 私たちがいつからか隠れておこなうようになってしまった『愛』の告白。ぶたは恥じらいながらも、嘘を混じらせることなく、大きな声で伝えました。

 つたわったかな?伝わるといいな。


…つづく。



8/22 青いスパーク


 ぶたの目から見ても明らかなほど、魔王の動きが停止しました。とどいたのです、ぶたの声が。想いが。

 それをきに、鳥が青の剣を抜き、飛び出します。土台がないので、ぶたを踏みつけていきました。
「ぐは!」
 鳥は最後まで友だちの扱いがざつでした。…最後?

 剣から放たれる青い光が、辺りの空気を満たします。その光は下にいるみんなにもとどいていました。みんながその瞬間を見ています。
 落下しながら、竜が。
 魔法を放ちながら、魔女が。
 剣をふるいながら、勇者が。
 逃げまどいながら、兎が。
 楽しみながら、クロが。
 そして魔王を見つめながら、ぶたが。
 みんな心で叫んでいます。


    『いけ!』


 みんな想いは一つです。『剣の強さ』は『想いの強さ』。
 鳥は剣を大きく振りあげ、王冠の切りつけました!
 2つの大きな力のぶつかり。青いスパークが空に弾けました。


…つづく。



8/23 希望ってなに


 渾身の力を込めて剣を王冠にくい込ませます。大量の青の流出に目が青におかされて、開けられません。王冠には少しだけ切れ目が入りましたが、それ以上剣が進みません。

「まだだ!もっと力を込めろ。歯を食いしばれ」
 青の剣が叫びをあげます。

「わあああああああああ!!!!」

 首が折れてもいい覚悟で鳥は剣を押し進めました。剣がまた少しぐいぐいと王冠にくい込みます。もう少しで魔王を助けられるのです!そう思い力を込めた瞬間、青を撒き散らしながら青の剣が………砕けました。

 キィーーン!

 希望から絶望へ。その時鳥は何を思ったのか?落下することしかできない鳥はとても小さく見えました。

『不具合がいつか生じるだろう。そのときは泣かないでくれ。』

 そんなクチノミの声がなぜか聞こえてきました。


…つづく。



8/24 血痕


 魔王の頭の上で青が爆発しました。
 その青の綺麗さに驚いた魔王は、青を振り払おうとしました。腕を振り上げ、反射的に頭の上を手で払いました。そこにいたぶたと鳥も一緒に、ぶたと鳥も一緒に叩き落としました。

         …叩き落としました。

 魔王は手に残る感触を確かめます。


         …叩き落としました。


 手には自分のものではない血痕。
 魔王は、一番たいせつなものを自分で壊してしまったのです。


…つづく。



8/25 優しい魔法


 剣が折られ、鳥はあとは落下して体がバラバラになって、命を終わるだけ。心の中で魔王に謝ってみます。
「ごめんね。助けられなかった」
 やっぱりどこか嘘くさいです。謝ってはみたものの本当のところは、心が真っ白で、助けられなかった悔しさや、青の剣を折ってまった後悔の念などまったくありませんでした。ただ『あーあ。』っという言葉しか出てきません。
「ぶたの言っていた通り、きみ一つしか守ろうと決めた心じゃなかってから、剣が負けちゃったのかな?」
 でも鳥はそう思ったとしても、自分の選んだ道を、間違っていたと、後悔することだけは出来ませんでした。

 ふと視線を前に向けると、魔王の手がすぐ鼻先まで近づいていました。
「ごめんな。いきなり青まき散らして、明るくして驚いちゃったよな。ごめんな」
 そこで、鳥の意識は途絶えました。


 その光景を魔女もそしてみんなも、見ていました。青の剣が負け、弾け飛び青が爆発して、鳥とぶたが落下して、そして、そしてふたりが魔王に叩き払われるところを。

「ぶわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわあわわわわわわあわわわわわわわわわあわ=========!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 魔王が叫び声をあげています。まるで泣いてるみたいに。

 一瞬、勇者もそちらに気を取られました。魔女も同じだったはずです。すると突然、魔女が手を魔王の方に向けました!魔女の目にはもう勇者など映っていませんでした。ぶたたちは叩き落とされました。でもまだ死んではいないと魔女は思いました!地面についたら確実に死んでしまうけど、あの魔王の攻撃を受けた時点では、まだ重傷を負いながらも生きているはず! そう思ったら、もう体は勝手に動いていました。戦いの最中にもかかわらず。ただ、ふたりを助けたい!それだけを思いました。
 だから魔法を使います。今まで使ったことのない魔法。だれかを助ける魔法!

 魔女は世界の原子粒子の優しい部分だけを集めて固まりを造りました。それで落下していくぶたと鳥を包んだのです。
 体が所々こわれました。血管が暴れています。何本かは弾け飛びました。やはり自分の体は守るためには作られていないのだと知りました。でも、こんな私でもこんな事が出来たんだ。その事実だけが魔女には嬉しかったのでした。
 背中に剣を突きつけられます。戦闘中にこんなことをしてしまったのだから当たり前です。魔女は黙って刺されることを受け入れました。しかし、いくら待っても剣が自分の体を突き進んでくる気配はありません。気になってゆっくり後ろを振り向くと、勇者が真剣な顔でこちらを見ていました。勇者が口を開きます。
「あなたは言いました。『私は破壊の魔女、壊すことに特化した魔女だ』と」
 黙って魔女は聞いています。
「私は今泣きそうです。あなたは破壊の魔女なんかじゃない。あなたは、優しい魔女だ」
 魔女の瞳から涙があふれます。勇者は微笑みながら言ってくれました。あんなにたくさんの人の命を奪ってきた魔女のことを「優しい」って。初めて、何かに許された、そんな気がしました。そして魔女は背中を丸めわんわんと泣き崩れました。

 今まで自分が殺めた人の数だけ。あのとき泣けなかった分まで。泣きました。

 勇者はそっと剣を鞘におさめました。


…つづく。



8/26 泣き虫


 魔王がふたりを叩いてすぐ、叫び声をあげました。世界中にある音が一つに鳴ったような叫び声。それは泣き声にも似ていました。

「ぶわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわあわわわわわわあわわわわわわわわわあわ=========!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 そこにあるすべての空気が激しく振動して呼吸のために空気が肺に移動しません。周囲にいた兵士たちは呼吸を満足に出来ず、喉を掻きむしり苦しんでいます。しかしその前に鼓膜が破れていました。音が聞こえなくなり、呼吸も出来ない兵士は絶望の表情を浮かべています。みんながみんな地面に這いつくばりもがいています。それはまるで餓鬼のようでした。

 魔王は叫ぶことをやめません。「ぶたと鳥がこの世界にいる」
 そのことが、魔王の唯一の救いでした。もし、友じゃなくなったとしても、ふたりがいてくれたら、それだけでいいと思っていました。それが、力を抑えられなくなってもまだ、魔王が善と悪の区別がつけられる理由でした。

 でも、それを自分で壊してしまいました。

 魔王は怒りました。誰でもない自分自身に。いくら怒りを浴びせられようとも、一度も怒らなかったあの魔王が!魔王は自分の存在を呪いました。壊すことしか出来ません体を。泣きたかったのにもう泣くことも出来ない体を。

 魔王は王冠に手をかけます。鳥がいれた小さな亀裂から王冠が裂けていきます。
 肩にかかって切り裂かれた傷から血が流れ出ます。王冠も引き裂かれていきますが、魔王も肩から腕が引き裂かれていきます。
 最後の力を振り絞り、魔王は、自分の王冠を、自分自身の手で引きちぎりました!力一杯引きちぎったので、腕も一緒になってちぎれましたが気にしません。

 魔王は光でつつまれます。その光は天に昇り、立ちこめていた雲を払い、そこに青空を残していきました。


…つづく



8/27 世界はきっと、愛で出来ている


 静かになります。空気は音を振動させるのに疲れて、活動を停止している、そんな静かさがおとずれました。
 誰かが泣いています。それは泣き声ではなかったけれど、きっとそれは泣いていました。まるで生まれた子供のように泣いていました。それは、嬉し泣きでした。魔王の横にふたりがいます。空は青空でした。
「よかった。よかった。生きていたよかった!」
 ちぎれた王冠の中で三人が仰向けに寝そべっています。
 それから魔王はごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいずっと謝っていました。
 みんなボロボロになっちゃったけど、誰も欠けることはありませんでした。魔女に勇者。クロと兎も今はも戦いをやめています。そして、青の剣も…。
 青の剣は砕け散りました。鳥は思います。この青空を青の戦士に見せてあげたかったなぁーと。でも不思議と悲しみはありませんでした。何となく、どこかでこの空を見ている。そんな気が何故かしていました。

 魔王にそっとふれます。トクトク…。肌から伝わる温かさを確かめます。ぶたと鳥は優しく言いました。


                  「おかえり」って。


 そこは怒りであふれていました。怒りは醜く、ときに人を傷付け、罵り、そして命を奪います。それはある感情からくる代償のようなものでした。それは愛です。
 人は愛しているから、人を殺します。残酷な矛盾です。
 しかし、愛がなければ、何も起こりません。
 だから、世界はきっと、愛で出来ている、そう思うのでした。


…つづく。           



8/28 最終回「約束」


 その後は大変だったんだよ。





 誰にも見つからないように王都から魔王を連れ出して、それからは被害を受けた町の人たちが、力を失った魔王を殺しにきたりして。





 どこでそれを知ったのか僕らは知らなかったけど、彼らは追ってきた。





 その追っ手から逃げて来て、森に逃げ込んだところで勇者たちとは別れたんだ。





 少し心細かったけど仕方ないよね。





 それから森の奥に魔王のために家を造ってあげてしばらく一緒に暮らして。





 もう壊れたりはしないと、魔王と約束した。





 僕たちはいつまでも一緒にはいられなかったけど、この先、魔王に待っているのがどうか幸せでありますように。





 ただそれだけを願いたいなあ。

                                              (ぶた)









                         終 





































                          ・
                          ・
                          ・
                          ・
                          ・
                          ・
                          ・

                  ・・・・・  次 回  ・・・・・

                          ・
                          ・
                          ・
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…つづく。